「生きる」とは
どういうことか。
あなたは「生きる」ということを
どう認識していますか?
少し厳しいことに聞こえるかもしれませんが、
実は、多くの人は
「生きる」ということを、
ほとんど認識していません。
多くの人にとって生きるとは、
仕事をこなすことや家族を守ること、
お金を稼ぐこと、
問題を解決すること、
なるべく不安を減らすこと、
今日を無事に終えること。
つまり、
“日々を回すこと”
が「生きる」になっています。
その結果、
自分がどんな意識状態で生きているか気づかず、
自分が周りに
どのような影響を与えているかも知らず、
なぜ同じ苦しみを
繰り返しているのかも分からないまま、
受動的で、機械的な人生になります。
でも、ここで一つ、
はっきりさせましょう。
それは「生きている」のではなく、
“生き延びている”状態です。
本当の意味での「生きる」とは、
内面の葛藤が終わり、
澄みきった意識状態で生きること。
不足感が消えて、
心から本当に満たされている人生。
人との心のつながりがあり、
それが一体感と
温かい愛情として感じられる人生。
動物や植物たちと心を通わせる幸せ。
これは夢物語ではありません。
可能性の話でもありません。
現実の話です。
ただし、
そこへ向かう人は、
“目をそらさない”と決めた人だけです。
自分が心の奥で、
本当に感じていることに
意識を向けてください。
「人生を癒す」とは、
真実に目を向け、
調和へ戻すこと。
苦しみを幸せへと変換すること。
目を開いてください。
人間関係での葛藤や不調和があり、
閉じている心から生じる孤独感。
心身の不調和や重さ。
お金や将来への不安。
もっと視野を広げると、
社会の中で起こっている争いや貧困、
山積みになっている問題。
これらは、
あなたを押し潰すためにあるのではありません。
“目覚めるため”にあります。
多くの人は
怖さゆえに、忙しさで埋め、
気分転換や娯楽で埋め、
考えないことで乗り切ろうとします。
でも、それでは
人生は回っているように見えて、
変わりません。
ここが分岐点です。
「人生を回すだけ」か。
「どう生きるか」を決めるか。
決断は、大きなものでなくていい。
今、ひとつだけ問いを持ってください。
わたしは、
無意識に回しているのか。
それとも、
意識的に選んでいるのか。
受動から能動へ。
機械的な反応から、澄んだ意識の選択へ。
生きるとは、
安全を守ることではありません。
生きるとは、
人生を癒し、
恐れに支配される人生を終わらせ、
愛という“本質”を選び続けることです。
あなたは、
ただ日々を回しますか?
それとも、
本当に生き始めますか?